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ティッシュ配りをイベントにする試み

ティッシュ配りは関係性をすり抜ける

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意味づけを変えて関係性の前提を揺らす

背景/問い

本来「人にモノを渡す」という行為は、友達や家族など、ある程度の関係性がなければ成立しません。街中で突然知らない人から何かを渡されたら、普通は警戒して受け取らないはずです。それでも私たちは、ティッシュ配りは自然と受け取っています。しかし、やっていることは変わらず「知らない人からモノを渡される」という行為なのに。

なぜティッシュ配りなら成立するのでしょうか。それは、ティッシュ配りが「受け取っていいもの」として、私たちの経験の中に刷り込まれているからです。ティッシュ配りは、知らない人との警戒心を一時的に消すツールとして機能しています。

ここで重要なのは、私たちがそれを「仕事」だと認識している点です。「仕事」という前提があることで、この行為の異常さは見えなくなっています。では、その「仕事」というラベルを外したらどうなるでしょうか?それでも人はティッシュを受け取ります。「ティッシュは受け取っていいもの」という学習は消えないからです。

するとそこには、「知らない人からモノを渡され、それを受け取っている」という事実だけが残ります。関係性がないと成立しないはずの行為が、なぜか成立してしまっている。この異常な状態が、よりはっきりと浮かび上がる。

企画の設計

人に何かを渡す体験は、それ自体が価値を持つ行為です。この一瞬だけ関係が立ち上がる、評価も成果も伴わないコミュニケーションを街に開きたいと考えました。そこで行為はそのままにして、意味づけだけを変えました。ティッシュ配りイベントはこの状態を「仕事」ではなく「イベント」として、そのまま街に出す試みです。

成果ではなく、状態そのものがメッセージになる

ティッシュ配りを「大変なもの」と考えている人からしたら、ティッシュ配りのイベントに人が集まったら、その前提が揺らぎます。「仕事は大変なもの」と考えている人にとって、仕事そのものの捉え方が変わるきっかけになり得るのではないかと考えました。


体験として起きたこと

結果として、「本来は友達のように関係性がある人にしかできない行為を、街中で見ず知らずの人にしてしまっている世界」が立ち上がりました。ティッシュ配りは、キャッチや路上ライブよりも簡単に人との接点が生まれます。初めは3人から始めましたが、次第にその場で人が集まっていき、即席のコミュニティが立ち上がりました。「ティッシュ配りは受け取っていい」という「色眼鏡」を利用することで、誰でも関われるコミュニケーションの起点として機能しました。

学び/視点

参加した人たちは、もちろんこうした構造を意識していません。それでも、知らない人にモノを渡して自然と受け取られる体験の中にある楽しさや違和感は、無意識に伝わっていたのだと思います。関係性がないと成立しないはずの行為が、なぜか成立する状態そのものを体験として立ち上げる試みでした。ティッシュ配りを楽しくできるようにするのではなく、元々楽しいからそのままイベントになると感じたことが起点です。行為を変えるのではなく、前提を外すことで、すでに存在していた構造が可視化され、人の行動や感情は大きく変わると実感しました。

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ティッシュ配りは「知らない人との警戒心を消すツール」

その機能だけを抜き出して、仕事という前提を外し、イベントという形式に転用しました。

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開催日は自分の誕生日。誕生日はプレゼントをもらうのもいいですが、生まれたことに感謝してあげる側にまわるのも良いと思っています。ティッシュの購入は、誕生日プレゼントとしてクラウドファンディングでティッシュ代を募集して、集まったお金で購入しました。

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